Someday Somewhere

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『人類史のなかの定住革命』

先日読んだ
炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学
という本の中で参考にしていた文献の一つにこの本があった。

自分たちが食べている毎日の食事を見てみると、炭水化物や食品に含まれる糖質がいかに多いことかと驚かされる。 それほど炭水化物に偏っている私たちの食事から、炭水化物や糖質を制限しようと主張するわけだから、この手の本を書いている著者たちは、糖質制限という食事方法やその効果について説明すると同時に、現在に至る人類の進化過程において、どんな食生活をしていたのか、また時代の流れとともに食生活がどう変化してきたのかというところまで掘り下げてみる必要があるということになるらしい。

炭水化物と言えば、日本人なら米。 一般的に私たちがよく聞くのは、中国や朝鮮半島を経て稲作が日本列島に伝わり、それまでの狩猟採集生活から稲作を行う定住生活へと変わっていった、ということ。 また、もっと西の地域では、小麦栽培が始まり、小麦を食事の中心とする食生活へと変わっていく。

小麦については、ひとまずおいておき、身近な米食だが、この分野の専門家は別としても、普通私たちは上に書いたように、「稲作を取り入れる生活へと移行したので、人々は定住するようになった」と、なんとなく、漠然と思っているような気がする。 ところが、この『人類史のなかの定住革命』を読むと、必ずしもそうではないということになる。

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

 

まず、人類はかなり長い期間、狩猟採集生活を送っていたということ。 そして、川や海など水辺に近い環境の者は、魚介類も食事の一部とするようになる。 それでも、彼らは定住ではなく、常に、或いは時折移動する狩猟採集生活という様式を取り続ける。 この本の著者はそれを「遊動」と呼んでいる。 この遊動生活、当時の人々にとってはそれなりに意味のある方法だった。 食糧確保という意味においては他の動物たちと同じように、食糧がなくなれば、ある地域へと移動する。 身の安全を保つことができなくなれば移動する。 他のグループと衝突しそうになるとその場を離れる。 仲間うちで諍いや不和が生じると、やはりその場やその者から離れる。 また、共に行動する者の中に死者が出ると移動する。 彼らは移動することによって、食糧の確保、身の安全、そして衛生面においても、最も良い状態を保っていたと言える。 人口がそれほど多くなかった時代、この方法が彼らにとっては一番だったようだ。 もし遊動ではなく定住のほうがメリットが多ければ、人々は自然に定住という方法を選んでいたのではないか。 でも、それをなかなかしなかった。

著者はこの考え方というか流れに沿って、人々の食事内容、遊動から定住への移行について説明している。 こういう考え方は、今まで知らなかったので、個人的にはとてもおもしろかった。 ただ、本書の後半は、霊長類や他の動物の身体的構造の発達の違い、言葉や家族の出現など、人々が食べていた食物の話しからは離れてしまうし、もちろん「炭水化物は別に食べなくても大丈夫」といった考え方が登場することもない。

ところで、この本を読んでいて印象に残ったのが、人々にとってもともと定住生活が一番というわけではなかったという点。 もちろん、現代社会にこれを当てはめるわけにはいかないが、嫌な事、他の人との衝突などを避けるためにその場から離れる。 これは、現代なら、「自分の嫌な事から逃げている」みたいに言う人々もいるわけだが、むやみに争うこともなく、ストレスをためることもなく、解決する方法の一つとも言える。 社会の中で生きていく上での様々な束縛、それをあまり感じることなく生きるという点では、一昨日書いた
home free
というライフスタイルという方法ともどこか相通ずる部分があるような気がする。