Someday Somewhere

A little something to say in my everyday life

第1回 寒くない

  小走りにやって来たのが誰だかわからないほどの速さで家へ飛び込んできた者がいた。

  「あーっ、もう、寒すぎる~」
と声をあげたのはHaruだった。

  「誰かと思えば、Haruか」
と家の中から声をかけたのは、この家の主で、皆からお爺と呼ばれている男性だった。
「そりゃぁ冬だしなあ、寒いに決まっている。 これで蝉がジージー鳴いている夏に雪が降ったりしたら困るじゃろ」

  「それにしてもこの村の家の中は本当にみんなあったかいよね」
コートについた雪を払い落とし、感心したようにHaruは言った。 Haruが立っているのは土間なので、雪を払い落としてもいっこうにかまわない。 土間というと薄暗くて寒いというイメージがあるかもしれないが、この地域は違う。 どの家の土間も広くて明るく、きれいに掃き清められている。 土埃もない。 そして暖かいのだ。

  「当たり前だ。 どの家の窓もみんな二重窓になっているからな」

  「みんな?」

  「そうじゃ、例外なくみんなだ」

  「でも、二重窓にするってことは、作る時それだけお金がかかるってことでしょ? 嫌がる人とかいないの?」

  「まあ、渋々っていう人もいなくはないが、村の法律で定められているからしょうがないだろう。 法律だから、従わなければ罰金。 結局、罰金のほうが高くつくから、家を建てる時はみんな二重窓にするようになったのさ」
今更何を言っているのかといった顔で説明するお爺は、この法律を作った者の一人である。

  いまいち納得がいかないといった表情のHaruは「でもさ、村の決まりとか罰金とかって、個人の自由はどうするの?」

  「自由? 自由という言葉は一見聞こえはいいが、みんなが本当に100%自由な生活を送ったとしたら、この世の中はどうなると思う?」
お爺にしては珍しく、ちょっと厳しい口調でHaruに問いかけた。

  「どうって・・・」
一瞬、今までのいろいろな思いが頭の中をよぎった。 Haruは土間の壁にあるコート掛けにコートを掛けると、お爺のいる部屋にあがってきた。

  Haruはこの村に来てまだ1か月ほどしか経っていない。 それも、「来た」というのではなく、気が付いたら「ここにいた」と言ったほうが正しい。

  できるだけ思い出したくない記憶。 忘れようとしても忘れられない、脳裏を行き来する映像。 もともと暮らしていた地域では世の中の全てが狂っていた。 人々は日々の生活に追われ、働いても働いても「幸せ」も「楽しみ」も感じられず、経済は低迷し、聞いたことも見たこともない病気が蔓延し、他人が困っていても振り向く人さえいなくなるような社会。 みんな自分の事で精一杯な社会。

  ある日、Haruと家族はそんな世界から抜け出すことに決めた。 旅行に行くかのように車で出発したHaru達。 ・・・・・・

  ・・・・・・
そこからHaruの記憶は抜け落ちている。 家族とどの辺りまで車で走ったかもわからない。 気が付いたら、ここにいた。 この村の原っぱに気を失って倒れていたHaruを村人が見つけて介抱してくれたのだった。 でも、その時Haruは既に一人だった。 一緒だった家族は誰もいなかった。

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