お爺のいる部屋はもっと暖かかった。 床暖房のため、冷え切った足の裏からホカホカとした温もりが伝わってくる。 お爺は床に置いた座布団の上に座り、机の上に広げた新聞を読んでいた。
「ふぅー」一息、小さく息を吐くと、Haruはお爺の向かい側に座った。 Haruは時間があると、よくお爺を訪ねてきた。 この村に来てまだ日の浅いHaruにとって、ここでの生活はまだまだ知らないことだらけだった。 そこで、一見とても時間がありそうなお爺の家にやって来ては話し込むのだった。
「今日はどうしたんだ? 雪まで降っているんだし、家で静かにしていればいいじゃないか」
別に迷惑ではないが、何でまたこんな日にといわんばかしにお爺が聞いた。
「いまだに家族とは連絡がとれないのかい?」
「うん、・・・」
家族の話になると、Haruはいつもこうだった。 実際のところ、何が起きたのかまだ分からず、できれば考えたくない話題なのだった。
「今日は何を聞きにきたんだ?」
Haruが足繁くやって来ることにお爺もまんざらではなさそうである。 先生一人、生徒一人の学校といったところである。
「昨日ね、おばちゃんとちょっと言い合いになっちゃって」
おばちゃんとはHaruが世話になっている家の主である。 Haruが村人に助けられた後、この家で暮らしているわけだが、Haruにしてみれば、どこか遠い国の留学先でホームスティをしているような感じだった。
「今度は何でもめたんじゃ?」
「もめたっていうほどじゃないけど。 おばちゃんの家で飼ってる猫、いるでしょ? わたしも自分のペットが欲しいなあ~って言ったの。 そしたら、おばちゃんが急に、「ペット?」って怖い声で・・・。 おばちゃん曰く、動物をペットなんて呼ぶのはもう昔の話しだよって。 動物たちを何だと思ってるのって」
「はっはっはっ」
笑い出したお爺をびっくりした顔をしてHaruは見つめた。
「わしもペットという言葉は好きじゃないな。 なんだか人間の所有物みたいな感じがするようでな」
「そういう意味じゃなくって、ただ可愛いな~と思って言ったんだけど」
Haruは動物好きで、以前家でも犬とか猫を飼っていた。
「まあ、人の価値観はそれぞれだからな。 おばちゃんはとっても動物を大事にする人だから。 まあ、あまり気にしなくてもいいさ」
「そういえば、ここってペットショップは無いの? 全然見かけないんだけど」
Haruはこの村で生活するようになって以来、自分は一体どんな所にいるのかを確かめようと、暇さえあれば村の中を歩き回っていた。
「ああ、ないよ。 わしが小さい頃まではあったが、なくなった」
「どうして?」
「生き物をおもちゃのように考える者が多くなってな。 ただ単に可愛いからといっては高いお金を出して買い求め、世話ができなくなれば捨てる、そんな人間が増えたのさ。 まあ、他所では、要らなくなったからと自分の子供でさえ捨てたり殺したりすることもあるとは聞くが、動物だって生き物だよ。 だから、またまた決まりを作ったわけだ。 ペットショップは禁止。 わしは「禁止」という言葉は好きではない。 でもしょうがないのさ。 モラルに訴えても、聞く耳をもたない者、意味する分からない者もいるからな」
「それで、この村にはペットショップは存在しなくなった。 でも、こっそりやっている人とかいるんじゃないの?」
Haruにはどうもピンとこないといった感じである。
「いないだろ。 かなり厳しく取り締まったし、その決まりが嫌な者は出て行ったよ、ここから」
「ふ~ん。 でも、本当に飼いたいって思う人はどうすればいいの?」
「簡単さ。 町中は別として、ちょっと郊外の方まで行けば農村地帯があるじゃろ。 あの辺りは犬や猫もむか~しのようにのびのびと暮らしている。 町では家から出さないとか、犬はリードで繋いで散歩をするとかしているがな。 だから、子犬や子猫も結構いるんだよ。 そこからもらってくればいいんだよ」
「え~っ、そうなの?」
動物のことよりも、そんな農村地帯があることをHaruはまだ知らなかった。
「そんな所、あったんだ。 わたし、まだ行ったことないよ」
「じゃあ、今度行ってみるかい? とっても良い所じゃよ。 人も動物たちものんびり暮らしておる。 自然もたくさん残っとるし。 というより、自然と人間が共存しているといったところだな」
「今度って、いつ、いつ?」
Haruは今すぐにでも出かけそうな勢いでお爺に聞くのであった。